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2007年 03月 13日
鞆の陶片の特徴 その1 雁木下は狭い港湾施設内ですし、焚場干潟東側は生活排水が流れ込み、どちらも驚くほど汚い場所です。打ち寄せる波は汚れた服を洗った後の水のように濁り、泥はべたついて、夏など潮のかおりよりもドブの臭いの方が強いくらいです。しかし、ここから、主に江戸時代以降の食器や生活用品など、様々な陶製品が出てきます。私は去年、2006年6月から2007年2月現在まで9回訪れ、系740個前後の陶片を拾いlました。※1 この陶片は広島の他の海岸に比べて幾つかの特徴がありました。 時代の古さ 特に焚場の干潟東側からは、かなり古いものが出ました。12~14世紀頃の中国青磁、中国陶磁では?と思えるもの、17世紀の肥前の青磁、染付、17世紀の肥前系陶器などが見つかりました。※2 広島の海岸や川を歩くと、多くの場所で江戸時代の陶片に出会います。しかし、そのほとんどは18世紀半ば~幕末頃のものです。その頃に磁器、半磁器の食器が庶民の生活に普及したからだそうです。18世紀半ばに見えない線でも引いてあるかのように、これより古い時代のものは拾いにくいのです。今まで宮島からはたくさん出ていますが、それ以外では、古い港として栄えた呉市倉橋町鹿老渡(かろうと)、広島市の八幡川河口付近で少し拾っているくらいです。 ところが鞆では、特に焚場の干潟東側では、それらの古いものが僅かの間に幾つも出ました。中国陶磁や17世紀の青磁の大皿などは宮島でも、一年間でそうそうたくさん拾えるわけではありません。これら特に古いものだけを見る限り、鞆は宮島に近いものが出る場所です。ただし、宮島から山ほど出る土器の類いは、鞆ではあまり見ませんでした。私には時代のよく判らないものが、ほんの少し出ている程度です。 ※1 2009年1月現在、拾った陶片はずいぶん増えています。 ※2 このブログの記事を書いた時点とはリンク先の記事が変わっていますので、2007年3月以降に拾った陶片の写真も混じっています。
by touhen04
| 2007-03-13 10:37
| 鞆の陶片について考える
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